李ハルモ二と同じ建物の2階におられるムンご夫妻です。
夫の方はハーモニカの名手です。

 < 戦争中に1年余り、小鹿島更生園での生活をしたが、妻は数年間、小鹿島更生園にいて「ソロクト訴訟の原告」となったが、夫君の方は「補償申請」したが、なぜか、ソロクトの方で、「申請」されず、したがって「原告」ではない。何故なんだろう?>ということであった。

 今後、日本政府は「申請資格」を逐一、チェックする姿勢である。
日本国内と違い、隔離収容した名簿などは、西亀三圭園長が、1945年8月24日に引き揚げる際、それまでに「一切の名簿を含めて焼却している。その上、朝鮮戦争の時、北朝鮮軍が約半年、小鹿島を占領し、その際も「解放直後」の諸資料が失われている。

だから、当時、在園していたかどうかは、証言などに依らざるを得ないと考えられる。いま、小鹿島病院や自治会が所有する「名簿」は、後にコピーしたものだと聞いた。だから、「水俣病患者認定」や、「原爆被爆者認定」のように、国は「嫌がらせ」を含めて、難癖をいうことであろう。
これに対して、弁護団はどのように対応しようというのだろうか?