10月25日における「小鹿島訴訟判決」抗議闘争の経緯についての「不安」と「期待」
人権図書館・広島青丘文庫 主宰 滝尾 英二 (2005年10月30日、記す)
10月29日も日を越し、10月30日(日曜日)を迎えた。しかし、原告らは昨29日昼過ぎ、成田空港から帰国した。原告自身がいま現在、どのような気持ちでいるのかは分からない。そして、小鹿島へ帰った原告たちは、どのような帰国報告をし、それを聞いたハラボジ・ハルモニたちは、その帰国報告をどのように感じるだろうか。私は、いま、「小鹿島訴訟判決」抗議闘争について「不安」と「期待」がこころの中を渦巻いている。このことを率直に『滝尾英二的こころ』の訪問者・読者に書いてみたいと思う。
「不安」は何か。
第一は、後記するように「小泉純一郎首相は28日、日本の植民地時代に開設された韓国と台湾のハンセン病療養所の入所者への補償を巡る訴訟で、韓国の原告が敗訴したことについて「同情すべき点が多々あるから、よく検討していかなければならない」と述べ、特別な救済措置を講じる可能性を示唆した」という新聞報道があるが、私は小泉純一郎首相の言葉を信用していない。また、期待もしていない。
何故ならば、Keep the Red Flagが『滝尾英二的こころ』のトラックバックに届けられた内容と同じように、「小泉首相の発言が前向きであることは確かだ。しかし、冷静に考えてみると、首相の発言には具体的な内容は何もなく、実は何も語っていないに等しい。彼は、被告・日本政府を代表する立場にあって、厚生労働大臣をも指導監督する立場にあり、彼が決断すれば一朝にして問題は解決するはずなのだが、「期待している」とは、いかにも傍観者的ではないか! むろん「変人」「奇人」と呼ばれてきた彼のことだ。表向き傍観者然として振る舞いながら、原告の要求を受け入れた場合のメリットを着々と計算しているということは十分ありうるし、むろんその逆もまた十分にありうる」ということである。
第二の「不安」とは何か。
昨29日に私たちに届けられた「ソロクト・楽生院 NEWS」のつぎのような尾辻厚生労働大臣が10月28日に行なった「厚労記者クラブの懇談会」での発言である。なぜ、それを「ソロクト・楽生院の原告と原告弁護団」にしなかったのかの疑問も残るが、厚生労働官僚とりわけ、法務官僚たちの人権感覚がなく、10月29日つけ『東京新聞』で早稲田大学の大浜敬吾教授がいう「告示に象徴される日本の官僚支配の現状」である。
<厚労記者クラブの懇談会での尾辻さんの発言>
「告示改正では対応できないというのが事務方の統一見解。=自分としても在任中にやりたかったが、こういう統一見解が出てしまった以上、これ以上勝手なことはできない。控訴した上で法改正するしかない。解決するのはいいが、法改正するしかないというのが事務方の結論。告示改正だけで早期解決するのは難しい」と。その上、明日の31日は、内閣改造で、だれが大臣になるか不明である。
早稲田大学の大浜敬吾教授は、さらに、つぎのように述べている。「告示は百パーセント、官僚の裁量で決められる。非常に大きな問題だ。隠れた官僚支配の技術だと言える。日本の行政法は長い間、こういうことに光を当ててこなかった。国民、国会から遠く離れたところで重要なことが決められる可能性があることは疑いない」。
私は、『補償法』が成立して以来、幾人もの国会議員やその政策秘書とも話し、『補償法』を改正するか「付帯決議」は出来ないものかを質問した。その答えは「5年間の時限立法だから、その延長はできる。しかし、一たん成立した法律を改正・修正することはむずかしい」ということであった。
しかし、これは「期待」のほうであるが、厚生労働省より委託された事業である『ハンセン病問題に関する検証会議』の「最終報告書」が尾辻秀久厚生労働大臣に2005年3月に提出されたが、そのなかで、「小鹿島慈恵医院・小鹿島更生園に代表される植民地下の韓国のハンセン病政策は、日本国内の絶対隔離政策の一環であり、すくなくとも韓国のハンセン病患者は日本のハンセン病患者が受けた人権侵害と同様の被害を受けている。
しかし、その人権侵害に植民地支配下の民族差別感情が加わり、被害の程度は日本国内のそれをはるかに上回るものであった。処罰としての断種、笞を使った入所者の殴打などは、それを象徴するものである。ハンセン病患者への差別、植民地民族への差別により韓国のハンセン病患者に対しては、二重の人権侵害があったという事実を認めざるを得ない。」(『~最終報告書(要約版)』87ページ)。
したがって、この『~最終報告書』は、厚生労働省が委託した事業であり、且つまた、2001年5月29日の衆議院厚生労働委員会で、瀬古由紀子(共産党)の質問にこたえ、坂口厚生労働大臣は「戦前の韓国におけるハンセン病対策につきましたは、現在その具体的内容を十分に把握しておりません。今後、ハンセン病問題の歴史を検証していくなかで、御指摘の点につきましても取り扱いを検討してまいりたいと思います」と答えている。(滝尾英二著「『ハンセン病問題』は、いまだ終わらず」、『飛礫』第34号・2002年4月発行を参照)。
だから、『補償法』の見直しを国会審議することは、厚生労働省より委託された事業である『ハンセン病問題に関する検証会議』の「最終報告書」が尾辻秀久厚生労働大臣に2005年3月に提出されたことを受けて、当然しなければならなかったのである。それが、今日までなされなかった事実こそ、問題にしなければならないことである。10月25日の午前11時半から、厚生労働省前の道上で行なわれた抗議集会に私は参加しながら「恥を知れ!」という垂れ幕や演説を聞きながら、「原告弁護団」やその支援者たちが、なぜもっと早くこの「恥を知れ!」という言葉を叫ばなかったのか、と思い悔しい思いがしてならなかった。
第三の「不安」は、10月26日に、知人が送ってくれた一つのメール内容に私は、未だその答えを持ち得ないでいることである。そのメールは、つぎのような内容である。
『滝尾さん 昨日はお疲れになったことでしょう。
ソロクトと楽生院の判決は明暗を分けましたが、毎日新聞朝刊にのった判決要旨を読みますと、どちらも「もっとも」と思いました。台湾訴訟の判決は、当たり前といえば当たり前の判決です。昨今の「新自由主義時代」からみると「平等取り扱いの原則上好ましくない」という言葉がとてもフレッシュな印象を受けたのがくやしくもあり‥‥。韓国訴訟の判決はやはり「補償法」の排他性が根拠となっており、「外地療養所の入所者への対応は、将来の課題にとどめられていたと解する」と、他の戦後補償訴訟と同じく、立法・行政府に責任を転嫁しました。両判決には政治的判断も働いていると思いますが、それはさておき、いずれの訴訟も控訴審にもちこまれるでしょうから、よりいっそう、多くの人たちに「植民地下で何がおこなわれたのか。ハンセン病歴者にたいしてどんな仕打ちをしたのか」を一般的にではなく具体的に訴えていくことが必要ですね。とりあえず、今の感想です。』
このメールは、いままで「ソロクト訴訟に関わってきた」自分として胸刺される内容である。そして、これから私は、何をすればよいのか分からない「心情」となっている。だけども、今後、自問自答しながら歩んでいかなければ、ならないことだと思う。
しかし、「期待」も大きい。その第一は、韓国では「燎原の火」のように、広がり闘われている「不当判決」の抗議の集会であり、日本大使館への抗議デモであり、抗議文提出である。さきに書いた「ソロクト・楽生院 NEWS」によると、「<27日 ソウルでの大集会> ソウルでの大集会の様子は、一部の報道でも流れました。ソウルの朴永立弁護団長から次のような報告が届きました。
『10. 27. 12:00 ~ 15:00 ソウル集會の報告
ソウル集会には、既にご案内のとおり小鹿島並びに各定着村から集まりましたハンセン人、市民團體の會員、一般市民等、1,000余名が参加して沸き立つ熱気の中進行されました。各マスコミの取材競争も加熱し、市民達の反応にも大きな手ごたえを感じました。
集会の順序に沿って、第1部の韓国伝統の儀式「セキッ厶ゴッ」、第2部の不當判決糾彈並びに補償促求決議大會、第3部の徒歩行進の順序で進行致しました。徒歩行進は、集会会場の公園から駐韓日本大使館前まで行われ、その場で決議文の朗読を行い抗議の叫びを上げた後、日本大使館にその決議文を渡してきました。
ソウル集会後、MBC 9時のニュース、KBS 時事トゥナイト、YTN(韓国版CNN)の毎時間ごとに流されるニュースにて報道、各日刊紙並びにインターネット新聞等の媒体にて報道される等、マスコミでも好意的に取り上げてくれました』という。
今後、私たちはこの韓国の闘いと、どのように「連鎖」「連帯」しながら、不当差別判決と『補償法』の原点に立ち返らせる取り組みをしていくかが、問われると思う。
第二の「期待」は、『民団新聞』にみられる在日朝鮮・韓国人のこの不当裁判闘争への積極的参加が期待できることである。この裁判で弱かったのは、在日韓国人の参与であった。今後、「ソロクト弁護団」の「自国民中心意識」が克服されるならば、こうした問題が大いに期待できるものと期待している。
第三の「期待」は、日本の報道機関(マスコミ)の積極的支持の報道が期待できそうなことである。10月25日の「判決」後の報道=新聞記事や放送は、原告に好意的内容が、際立って多い。それに今週には『週刊誌』のこの不当な判決の記事も出るだろう。『雑誌』もこの問題を掲載すると思う。現に私もある『雑誌』社からインタビュー記事を書くよう依頼されている。支援者の広がり・深まりも「期待」できる。
このメッセージのトラックバックにも、つぎのような訴えと文が届けられている。紹介しよう。『先日の記事を、「朝鮮ハンセン病史 日本植民地下の小鹿島」などの著者・滝尾英二氏のブログにトラックバックしたところ、紹介記事を書いていただきました。どうもありがとうございます』と。今回も、このメッセージに寄せられたKeep the Red Flagのトラックバックに届けられた文を紹介する。
<旧植民地ハンセン病訴訟 原告をこのまま帰していいのか(2005年10月28日)>
28日、韓国ソロクト・台湾楽泉院ハンセン病訴訟原告らの長い一日は終わった。
事前に、「ハンセン病訴訟の控訴、28日にも結論…厚労相が意向」(読売新聞)との報道があったことから、原告・弁護団には「今日こそ結論が出るのでは」という期待があった。
原告らは午前十一時からの厚生労働省前(※他の市民団体と場所が重なったため、当初の予定場所から変更)での宣伝を短時間で切り上げ、午後からは弁護士会館五階フロアで待機していた。午後三時からの小泉首相と潘基文・韓国外交通商相との会談を前後し、「会談後に首相との面談も実現するのでは」という話を、弁護団、原告から何度も聞いた。多くのマスコミ関係者も弁護士会館で原告らとともに、会談の結果を待っていた。
だが、会談の終了予定時刻がとっくに過ぎ去り、一時間まっても、二時間まっても、その知らせがついに来ることはなかった。
原告に同行している韓国側関係者によると、韓国側は潘外相に小泉首相との会見の場で日本政府に一刻も早い解決を促すよう要求。実際に潘外相は会談の席でこの問題をとりあげたが、小泉首相は「同情すべきことが多い。お互いに良いと思える解決が見いだされることを期待している」と述べるにとどまったという。
会談の模様が伝えられたのち、弁護士会館で原告・弁護団の会見が行われた。残念ながら、私は所用のため、その会見を見ることはできなかったので詳細は不明だが、弁護団は、前向きな回答として評価しているとのことだ。
◇
原告らは明日29日昼過ぎ、成田空港から帰国する。原告自身がいま現在、どのような気持ちでいるのかは分からない。だが、彼らをこのまま帰してしまって本当にいいのだろうか。
小泉首相の発言が前向きであることは確かだ。しかし、冷静に考えてみると、首相の発言には具体的な内容は何もなく、実は何も語っていないに等しい。彼は、被告・日本政府を代表する立場にあって、厚生労働大臣をも指導監督する立場にあり、彼が決断すれば一朝にして問題は解決するはずなのだが、「期待している」とは、いかにも傍観者的ではないか!
むろん「変人」「奇人」と呼ばれてきた彼のことだ。表向き傍観者然として振る舞いながら、原告の要求を受け入れた場合のメリットを着々と計算しているということは十分ありうるし、むろんその逆もまた十分にありうる。だが、少なくとも現段階では、政府が台湾訴訟で控訴する可能性はまったく消えていないのだ。
仮に政府が控訴すれば、原告はまた長い長い裁判をたたかわなくてはいけない。早くて半年、長引けば数年かかる。来年06年6月には時限立法として制定されたハンセン病補償法の請求期限が切れてしまう。新聞各紙が地裁判決の翌日、そろって社説で指摘したように「残された時間はあまりに短い」のだ。
なんとかして、帰国する彼らに、喜ばしいニュースを伝えられないものだろうか。個人でできることは限られているし、時間もあまりない。だが、このまま手ぶらで帰してしまっては、あまりにも情けなく、やるせないではないか。どれだけの人に、読んでいただいているかわからないが、どうか諸君、力を貸してほしい。最後の最後まで各界、各方面の尽力を期待して、この文を結ぶ。
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先日の記事を、「朝鮮ハンセン病史 日本植民地下の小鹿島」などの著者・滝尾英二氏のブログにトラックバックしたところ、紹介記事を書いていただきました。どうもありがとうございます。
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